8.平成6年以降(価格破壊時代)
平成5年(1994)遂に為替相場がドル=100円台を割り込み、2桁時代に突入した。同7年(1995)には一時期1ドル=80円台となり、日本の輸出企業にとっては極めて厳しい為替水準に至った。同元年(1989)からみても50円近くも上昇した。「強円」乱舞の時代も大きな節目にさしかかっている。この数年来の円高により国内産業は海外への生産移転もやむなしと考え、繊維産業のように労働集約的な産業を筆頭に自動車、家電メーカーなどの加工産業、鉄鋼や紙パルプといった素材産業、装置産業等次々に海外移転の計画が具体化され、加速している。また、円高による輸入品価格の低下にともない、国内生産品の価格破壊を誘発し、その影響で各企業の収益が悪化し、設備投資を抑え、賃金の引き上げや新規採用にも消極的となり、かつリストラにまで及ぶに至って、中高年を中心に雇用不安が高まり、益々一般消費者の財布のヒモが硬くなり、長期的消費景気の低迷を招く結果となっている。
●革販売量および稼働率の低下
皮革産業においても例外でなく、輸出の低下、急速に進んだ円高により、中国はもとよりタイ、バングラデシュ、ブラジルなどの発展途上国からの輸入品の増大による製品の供給過剰で、今や正常なる価格取引が出来ず、各タンナーとも減産によるコスト高と、企業としての採算が合わない状態の稼働が続いている。
成牛革の二大産地である龍野及び姫路での操業率が特に低く、龍野地区は生産能力が41.4万枚、実績が21.6万枚で操業率52.3%、姫路も同様に21.5万枚が12.6万枚となり、実績で58.7%、川西地区も62.2%(TCJ平成6年ど実態調査)といずれも低い操業率で苦慮している現状である。原皮輸入数量も昭和36年以来最低の成牛皮449万枚の輸入数量であった。同年後半に入ってブーツの受注がはじまりタンナーによってはやや持ち直した感があり、それが唯一7年見通しへの期待を持たせた。同53年のブーツブームの再来と原皮商社、タンナーとも大きな期待を寄せたものであった。
●阪神・淡路大震災と業界への打撃
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阪神・淡路大震災
(新長田地区) |
大きな期待を寄せて迎えた平成7年(1995)早々の1月17日午前5時46分に突如として起こった、あの忌まわしい阪神淡路大震災(M7の震度)により、その夢もすべて吹っ飛んでいった。
わが業界に最も関係の深い需要先の一つ、神戸長田区のケミカルシューズ工場の倒壊、火災、設備損傷と全ての工場が被害を蒙り、その被害は壊滅に近い状態となり瞬時にして生産が止まり、業界全体に大混乱が起こった。
交通網はJRを含む各私鉄の駅及び線路の寸断状態となり、姫路から阪神間の電車のストップ、阪神、神明高速道路の倒壊を始め、中国縦貫道の損傷による通行止めと阪神間に結ぶ各道路網がズタズタになり、車輌による神戸への往来はすべてストップとなった。この他市民の生活に欠かせない電気、水道、ガス等の破壊、損傷とまさに廃墟の街となっていった。
またわが業界にとって重要な神戸港の大損壊により荷揚げ運送がストップとなり、原皮の輸入や革の輸出の業務が停止または遅延するとなって、一時は騒然となった。
このような大惨事により、全国民が旅行、ゴルフ等のレジャーをいっせいに自粛するなど、日本経済は一挙に沈滞化した。
その後の調査で神戸ケミカルシューズの被害は9割強となり、回復にはかなりの日時が要すだろうと判断した製品問屋、小売業は今後の商取引を海外輸入品に求めた。折も折り円高が急伸したことも重なり、その輸入数量は膨大なものとなった。
このような事態により、前年にも増して国内タンナーは大幅な生産減を強いられ、製品の価格破壊が重なり、過去に例のない不況となった。後半に入って、ケミカル業界の懸命の努力により社数にして8割強、生産量で4割強にまで回復しているが、皮革業界全体が安定するにはまだ暫くの年月がかかるものと予想される。
●製造物責任法(PL法)の施行
平成6年7月1日に公布されたPL(製造物責任)法は1年の猶予期間を経た後、同7年7月1日から施行された。
この法律は、製造物の欠陥により人の生命、身体または財産に係る被害が生じた場合に、製造業者に対して損害賠償の責任を定めることにより、被害者の保護を図り、国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするものである。これには部品・原材料といえども欠陥が存在した場合には、その製造業者は損害賠償責任を負うとされている。
この法律の施行は、天然原料の特性や性能を最大限に活用する革製品にとっても極めて関わりの深いものがあり、万全を期して対応することが必要である。そのため(社)日本タンナーズ協会を中心にして製革業界として施行前から集中的に取り組んだ。
その対応策を考えるに当り何よりも重要であるのは、当製革業界としての基本的姿勢を明確にし、PL法への対応の基本的な指針を確立することであった。これには当然PL法の対象外と考えられる天然素材(本革)としての特性を認識してもらうことや、問題発生時の対応、当業界としての紛争処理と原因究明等についても留意しながら指針を作成した。
一方では、関連業界の動き等も知る必要があり、各関連団体と精力的に懇談の場を持ち、意見交換を行った。
こうした協議の結果、各団体共に消費者に対する表示文(注意書)のパンフレットを製品に添付していくというのが一致した方針となった。
また、最近業界の間で「本革のデメリット表示」という言葉がしばしば使われているが、これは本革のイメージを悪くするだけであることから、同協会が「本革の特性」に改める提言をし、関連企業からも全面的な賛同を得て、「デメリット」という言葉は用いなくなっている。
同協会が作成した「PL法への対応の指針」の中に明記しているように、本革の特性を理解してもらう必要性から、「適切なご利用をしていただくために(本革の特性)と題したパンフレットも作成した。そしてこのパンフレットを各タンナーがそれぞれの得意先(革問屋および革製品メーカー)へ革の納入時や請求書の送付時に添付し、本革の特性をより深く理解してもらうよう努めていくこととなった。
このようにPL法への対応を着々と進めていく一方で、問題が発生した場合も想定しておく必要があり、不測の事態に備えてPL法保険制度についてもあらゆる方面から詳細に亘って調査した。問題発生時には、あくまでも当事者の「自己責任」が基本であり、各企業が独自に処理しなければならないことは当然であるが、そういう時のために各企業がそれぞれの判断で保険に加入しておくことも大事であるとの考えから、その加入の啓蒙も重点的に行った。
いずれにしても本革が本来的に具備している通常の性能は天然素材としての特性であることから、その特性を逸脱していない限り大きな問題ではないと考えられる。アメリカをはじめEC等の先進国では早くからPL法を採り入れているが、タンナーの紛争事例は未だ出ていないという話である。幸いにして、わが国においても、革製品に関するPL法問題は発生しておらず、日頃の業界人の努力が実っているといってよかろう。
●実態調査結果にみる県下皮革産業の特徴
別図の通り、(社)日本タンナーズ協会の平成7年度の実態調査によれば、生産の主体をなす成牛革の約73%、馬革は100%、中小牛革の4分の1、それに床革の60%位を兵庫県の業界が生産している実態を考えると、生産額そのものは工業統計値よりもっと大きいものと思われる。いずれにしても、当県の他に東京、和歌山、埼玉、大阪その他と全国に産地が分散しているが、他都府県と比較しても、兵庫県がわが国最大の皮革生産地であることには変わりがない。因に、県下の地区別特長を簡単に示すと、姫路ははきもの用革、龍野は鞄袋物用革、そして川西は服飾用革を主力品として生産している。