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『姫路と瓦』江戸時代から続く姫路の「神崎瓦」づくり

いぶし瓦の特徴

いぶし瓦の屋根

いぶし瓦は渋い銀色の独特の光沢と日本の風景に溶け込む上品な美しさを発する美しい瓦で、寺社や城郭、一般家屋といった日本建築の屋根に多く見られ、日本の風土に根ざした深い歴史の味わいが感じられます。その色調の独特さから、「銀色瓦」、「黒瓦」などとも呼ばれています。
瓦の表面に炭素皮膜を形成させるために、焼成の最終工程で煤を付着させる燻化処理を行うため独特のツヤを持っています。炭素が粘土素地全体に浸透しているため、ハンマーなどで割っても芯まで銀色になっています。
屋根瓦をはじめとし、塀瓦、鬼瓦、最近ではインテリア製品や庭園資材に用いられます。
いぶし瓦の耐久年数は地域の気候風土によって多少の違いはありますが、ほぼメンテナンスなし(定期的に点検は必要)に50年以上もつと言われています。こういう事からも重要な建造物などに用いられた理由がうかがえます。

いぶし瓦の伝来

いぶし瓦の製法が日本に伝えられたのは安土桃山時代だと言われています。織田信長が明(中国)の一 (いっかん)という人物に命じ、安土城の粘土瓦を製作させました。この時に粘土瓦を燻して作る製造法が伝えられたそうです。
ただ、当時のいぶし瓦は現在のような銀色ではなく、黒い瓦に様々な色の焼きムラのあったもののようです。

産地

現在では兵庫県淡路島の淡路、愛知県西三河地方の三州、島根県石見地方の石州が瓦の三大産地とされ、シェアのほとんどを占めています。
また、いぶし瓦においては淡路瓦が全国シェア1位を誇っています。
淡路瓦の起源は江戸初期、池田輝政(姫路城城主)の三男、忠雄が淡路藩主の時代だと言われており、忠雄は現在の洲本市由良に由良成山城を築城する際に、播磨から瓦工の清水理兵衛を招き、瓦を作らせたのが淡路瓦の起源とされ、清水理兵衛が播磨に戻った後も弟子が淡路に残り瓦の製造を始め、今に至ります。